『いきなり何なのよ』
『オレ?オレは見ての通りハンサムな便利屋だ』
『……人の家に何の用?』
『だってここ、Gun Shopだろ?』
『少し前まではね。悪いけど、今は違うの』
『それにしちゃ、看板は外してねぇのな』
『うるさいわね。早く帰って!』
『おいおい。ここは客を追い出すのか?』
『客っていうより、不審者でしょう』
『そりゃないぜ、お嬢さん』
『いいから帰ってってば!改造屋なら、この2ブロック先にあるから』
『ロジャーズだろ?前行ったけど、あいつにコレは直せなかったんだよなあ』
『!……その銃……』
『やっぱお嬢さん、只者じゃねえようだな?』
『っ……帰って!私は何も出来ないから!』
『ったく、素直じゃねえな。まーいいや、また来るぜ』
『何なのよ、もう来ないでよ!』
『オレの名前は……もう知ってるよな。ダンテ。お嬢さんのは、ま、今度聞くとするか。楽しみは取っとくもんだ』
『ちょっと!』
『じゃあな、Have a nice day!』




1 : hydro




しんと張り詰めた空気。
星の輝くロマンティックな夜には相応しくない、粘つく血の匂い。
緑に汚ならしく染められたコンクリートに倒れているのは、絶命寸前の異形の生物。
それを見下ろしているのは、銀の髪の若い男。
悪魔狩りを生業とする半人半魔。
ダンテである。
「これでラスト、じゃあな」
格好つけて銃を斜に構え、引き金を引く。
が。
「……ん?」
いつもスムーズなトリガーが、何故だかギチッと動かない。
「こんなときに故障かよ、困るぜ」
言葉とは裏腹にあまり困った様子は見せず、武器を大剣に変更して、敵にさっさと止めを刺す。
不浄の血を嫌そうに振り払ってから、もはや用無しとなった大剣をどさりと背に負う。
それから改めて、銃の動作を確かめる。
矢張り壊れた。
何故だかダンテは不敵に笑う。
「『修理』しなきゃな」
面倒そうな口調の割に、その口元は楽しそうな形。
意気揚々と歩き出した彼の後ろでは、屠られた化け物がぐずぐずと溶け出し、やがて砂に還っていった。



いつものように看板が掲げられていることを確認してから、ダンテは店内に入る。
店といっても、今はただの人家だ。
この中に住む人物が、才能を殺しておく限り。
「おーい。入るぜ」
ダンテは勝手知ったる様子で、ずかずか上がり込む。
すぐ目に飛び込んでくるのは、大きな作業台だ。
傷がびっしり走り、角が丸く飴色にこっくりと光っている木のテーブル。
ダンテが寝そべっても余裕があるくらい、それは大きい。
。いるんだろー?」
作業台の横の椅子を適当に動かし、座る。
長いこと使い込まれた椅子がギィッと悲鳴を上げた。
「机、使うぜー」
一向に現れないこの家の住人に一応声を掛け、ダンテは持って来た工具を広げる。
真ん中には布を敷き、丁寧に愛銃を置く。
Ebony & Ivory。
ダンテ愛用の、黒と銀の二丁拳銃である。
「さって、と……」
ヒュウと口笛を吹きつつ、先の戦いで機嫌を損ねてしまったエボニーを手に取る。
本来は遠距離射撃用なのだが、普段はあまり頓着していない。
「さすがに無理かけすぎたか」
ハンマー、スライド、コッキングレバー……一つ一つパーツを分解していく。
どれもこれも、細かい傷が付いてすっかり草臥れてしまっている。
数え切れない修羅場を共に潜り抜けてきた、頼りになる相棒。
「悪さをしてたのは……コイツか」
ダンテの指先が、排莢の衝撃で割れたらしい破片を摘み上げる。
破片が妙な所で遊んでいたために、トリガーが引っ掛かってしまったらしい。
重量を度外視で頑丈なパーツを組み合わせても、どんなにメンテナンスを施しても、すぐこれだ。
無茶な乱用に堪えてくれている相棒に文句は言えないが、こう度々では少々困る。
(1から設計し直してやれればな……)
溜め息を吐いた所で、奥に人影が覗いた。
。邪魔してるぜ」
何度目か、声を張り上げる。
漸く、ガラリとドアが開かれた。
現れたのは、若い女。
その整った顔は無愛想にダンテを睨んでいる。
「もう来ないで、って言ってるでしょう」
切るような口調。
「毎度のことながらつれねぇな、
ダンテがおどけて肩を竦める。
女───は、作業台に我が物顔で並んでいる銃器を一瞥した。
「早く組み上げて、帰って」
「手伝ってくれたら、早く追い出せるぜ?」
ダンテがにやりと笑う。
「いやよ」
はぷいっとそっぽを向く。
「私はそんなもの扱えないって何度も言ってるでしょ?しつこいのよ」
「ふうん?」
唇に愉しそうな笑みを乗せ、ダンテは作業に戻った。



は自分の家なのに、居心地の悪さでどうしようもなくなった。
忘れかけた頃に限ってふらりと現れる、このダンテと名乗る男。
便利屋らしいが、拳銃が必要な分野など限られている。(まさか、銃をトンカチ代わりに大工仕事などすまい)
よくは知らないが、関わり合いたくない種類の人間に決まっている。
それに……
今、彼が必死に組み上げている、黒い大型拳銃。
見るからにごつい特別製のパーツばかりで、マグナムのように持ち重りしそうだ。
威力もさることながら、弾丸射出時の反動も相当だろう。
常人が生半可な気持ちで撃てば、手首の骨も折れかねない。
それにしても、見事な──

「何。やっぱ手伝ってくれんの?」

にやり。
ダンテが顔を上げた。
息を詰めて作業を見守っていたことに気付き、の頬が朱に染まる。
「違うって!私はもう行くから!」
恥ずかしさにまろびながら、奥へ駆け出す。
の姿が完全に消える寸前、ダンテがサッと立ち上がった。
「あ、ちょい待って。水くれねえか?」
水?
意外な要求に、は思わず立ち止まる。
「そのウエスでも洗うの」
吐き捨てるように聞くと、ダンテは人の悪い笑みを浮かべた。
「いや。喉渇いたんだ」
だから、水。
『フツー、そう考えるだろ?』
言外にそうからかわれた気がした。
「……そう!」
苛々と部屋を突っ切り、キッチンに入る。
乱暴にグラスをひっつかみ、蛇口に宛がう。
じゃばじゃばと薬臭い水を注ぐ。
この辺りの水は薬品浸けで、とても飲めたものじゃない。
だが、それが何だと言うのだ。
これを飲む相手は、押し売りセールスマンのように性質の悪い男なのだから。
「!」
ボーッとしすぎた。
並々注ぎすぎた水が、グラスから溢れての手を濡らす。
それだけで、匂いが鼻につく。
不快だ。
「……っ」
ばしゃっ。
グラスをひっくり返して中身を流しにぶちまける。
自分は何をしてるんだろう、と思いながら冷蔵庫を開ける。
ポケットからミネラルウォーターを取り出し、注ぐ。
こぽこぽ。
雪解け水だと謳われているその水は、何の匂いもせずに清浄にグラスを満たした。
「どうぞ。飲んだら帰って」
元の通りに仕上がった銃を見てから、はダンテにグラスを渡す。
「サンキュ」
ごくごく。
ダンテは豪快に喉を鳴らして水を飲んでいる。
上下する喉仏。
実に美味そうに水を飲み干し、ダンテは口を拭う。
「サンキュな」
もう一度しっかりと礼を言い、にグラスを返す。
「うまかった」
にっこり、笑顔を見せる。
「ただの水じゃない」
はついっと顔を逸らした。
その相変わらずの態度に頬を緩めたまま、ダンテはエボニーをくるくる回す。
「なあ、コイツ、どこをどう改造したらいいと思う?」
ずいっと差し出された銃を一瞬だけ見て、はくるりと背を向ける。
「そういうことは、専門家に聞くのね」
「じゃあコイツはすぐまた壊れて、オレがここに来る理由ができるわけだ」
「な……どういう」
眉を寄せたの目の前で、踊るような仕種で背のホルスターにエボニーを納める。
「また来るよ」
じゃあな、Have a nice day!
いつもと同じセリフで、ダンテは店を出て行く。
目を射るような鮮やかな赤いコートが、風にふわふわ靡く銀の髪が、の意識を灼いた。
だから、だろう。
『もう来ないで!』
彼に、お決まりのセリフを叩き付けることができなかった。
赤と銀のコントラストは、純粋に綺麗だったから。
だから一瞬、我を忘れた。
決してそれ以外に、何かあるわけじゃない……

誰もいなくなって物音ひとつしなくなった部屋の中。
は使い古したテーブルを撫でた。